インタビュー企画

自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに 

乳がんの女性たちに心から寄り添ってきた二人の女性が、
今、リアルに思うこと(後編)

~文筆家・松さや香氏×マエダモールド・前田一美 特別対談~

 
このインタビューは、マエダモールドが大切にしている思い、
“自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに”をコンセプトに、
乳がんを経験された女性たちや、自分らしく生きられていないと感じている女性たちに向けて、前向きに自分らしい人生を歩めるための「きっかけ」の一つになりたいという思いで企画しました。
今回は、特別対談として、マエダモールドの前田一美が、
「彼女失格: 恋してるだとか、ガンだとか」「女子と乳がん」の著者である松さや香さんにお話を伺いました。
今回は後編をお届けします。 

(※以下、松さや香さんを「松」、前田一美を「前田」、インタビュアーを「イ」と表記します)

 
 

 誰かに求められたこと、期待されたことを一生懸命やっていたら、自分らしさが見えてきた。

松:私、思うんですけど、若年性といわれる35歳以下の方の中で、社会における自己肯定感が高い人の方が少ないんじゃないかなって。特に20代の女の子たちなんてあらゆることに葛藤する時期じゃないですか。
 
そういう中で社会の中に出て、トライ&エラーで少しずつ承認欲求を満たされながら、「自分ってアリなんだ」「自分って大丈夫なんだ」と自分自身への信頼をつけていく年頃だと思うんですね。
 
そんな微妙で敏感な年頃に「死ぬかもしれない」大病を告知されて、私の場合もう生存本能みたいなものが「このままではまずい!」と。
その焦りがとても大きかったので、「自分が生まれてきたということをなんとか形にしないと、このままでは終われない!」という気持ちだったと思います。

前田:松さんは、いつも自分で考えて動いていらっしゃるんですよね。 

イ:松さんが、ご自身の役割というか、今のご自分に辿り着くまでには、いろんなストーリーがあったと思うのですが、どうやって今のご自分の役割や自分らしさみたいなものに気づいていったのですか?
 
松:私もともとは、ウエディング雑誌の編集の仕事をしたいと思ってました。その前は、航空会社で機内誌を作る仕事をしていましたが。機内誌は、手に届く人たちが限られているじゃないですか。一般に流通している雑誌で、誰かの幸せに寄与できる仕事をしたいなと思っていたのが、リクルートに入った最初のきっかけです。
 
私は大学を中退しているので、一般的な就職活動もせず、同期もいない、中途採用試験を繰り返してきた社会人人生です。その流れでリクルートに入ってみたら、「なんて優秀な人たちが多いんだろう」とびっくりしたんですね。
 
その優秀さというのは、一朝一夕で身についたものではなくて、小さい頃からちゃんと研鑽された生きる基礎力の高さです。自己肯定感も高いし、視野も広くて、話は理論的で説得力があり、感情的にならない。私は 自分の個性を出すどころか、ただただ圧倒されていたんです。
 
松さん

 
ある日、編集部から営業部に発信するメールマガジンを作る仕事を上司から依頼された時「メールマガジンを読んでもらうには、編集後記が面白いとみんな開封してくれるよ」と当時の上司にアドバイスをもらいました。「さや香ちゃんってさ、いつも企画書おもしろいじゃん。読ませるじゃん。そんな感じで何でもいいからおもしろいこと書いてみてよ。」と言われて。
 
「文章なんて書いたこともないのにな。でも仕事だしな。」と思い書きはじめました。“彼女失格”にも書いたんですけど、当時婚約していた人の二股が分かって、本当に失意の底にいたので。すがる気持ちで なんでもいいから与えられた仕事を一生懸命やろうと思っていた時期だったんですね(笑)家に帰って一人でいると嫌なことを思い出しちゃうので、できるだけ思い出さないように会社にいたいし、できるだけ仕事に没頭していたいと。
 
リクルートには人の頑張りを労いあい、認め合おうという風土があったので、そろそろ仕事で認められたい気持ちととにかく失恋の悲しさから逃れたい一心で、 目の前のことを一生懸命やろうと思っていました。

前田:本を読んでいると、上司の方もみんな良い方だったみたいですね。さや香さんが魅力的だったからということもあると思いますけど。

松:とにかく書けと言われたので、例えば「地方の若い女の子と男の子たちって、みんなデートでイオンやジャスコに行く」と書いたんです(笑)その編集後記に。東京近郊だけはおしゃれなデートをしているけど、地方じゃ大体イオンやジャスコにデートに行く。そちらが日本の本流だ。だからイオンの売り上げってスゴいよね!みたいなことを書きました。
 
すると、みんな面白い!面白い!!と言ってくれたので調子に乗って「妄想紅白歌合戦」とか「もしハンバーガーショップがクラスメイトの男の子だったら」という散文を、何本も書いていくうちに、社内の大きい賞をもらったんです(笑)
 
その時に、こんなに優秀な人がいっぱいてみんな磨き合っている中で、「その子たちにはできなくて、自分が唯一できることがあるんだ」ということに気づいたのが大きかったですね。
自分の強みに気づけたのは、仕事をしていたからだし、組織にいたからで、一人じゃ絶対気づけなかったと思います。

前田:そう思えることって素晴らしいですよね。一人じゃできなかったと気づけることとか。
「彼女失格」もこれだけ評判になったということは、乳がんじゃない人も読んでいるということですよね?乳がんに興味がある方ももちろん読んでいると思うのですが、この文章能力に引き込まれてしまうというか。

松:そしてさらに調子に乗ってファッション誌の公式ブロガーとして乳がんのことを書き始めたんですね。なんでブログを書き始めたかというと、 本当に自分が告知された時に具体的な治療生活の情報がなくてとても困ったんです。
 
今もなお困っている人たちが全国に何千人もいるはずなんじゃないか、そう思った時に、ブログという手段を使って、 “今困っている人”のために「実際はこうだったよ」と伝えたいと思いました。 
そして、 “自分には関係ないと思っている人たち”にとっても、ある日突然病気になる可能性はみんなに等しくあるということを伝えたいと思ったんですね。
今、自分がアラサーのタイミングでこういう大きい病気になったら、病気が生活や仕事にどういう波及や影響をきたすのかということを、ちょっとでも想像してもらえるものにしようと思ったんです。
 
一美&松さん

 
ただでさえ身近ではないテーマなので自分に客観性を持たないと独りよがりな文章になり絶対読んでもらえないということが分かっていたので、「彼女失格」は主人公=自分を徹底的に貶める書き方にしました。
 
女の子って、他人の成就した恋愛なんてあんまり興味がないじゃないですか(笑)他人の成功体験や自慢は別にわざわざ読みたくない。
 
仕事も、今、自分がこのまま頑張るべきなのか、結婚のフェーズに入っていくべきなのかとか、いろんな選択肢があるからこそ迷いがあると思うので、同世代の女の子が迷いなく勝利をつかむ物語なんてどうでもいい。
 
だから同じような等身大で、同じようにもがいている姿じゃないと、絶対に読んでもらえないなと。
 
そして、徹底して「笑い」と「面白さ」を意識して書きました。「痛み」や「つらさ」は数値化できないし、どうしても主観になってしまうので、極力書かないように努めました。

前田:例えば嘔吐する場面や、失恋の場面を書くことに対して抵抗はなかったですか?
読んでいるほうはハラハラしてしまったりもしたのですが。

松:抵抗はまったくなかったです。
例えば、抗がん剤がつらいというのは想像が難しいかもしれませんが、恋愛が上手くいかないというのは、大なり小なりみんな経験がありますよね。その切なさは、どんなに背景が違う女性同士にとっても共通項になると思ったからです。

前田:だから入っていけるのかな。

松:「がんのブログです」というタイトルを打つとハードルが上がってしまうと思っていたので、 仕事と恋をしている一アラサーの女子の生活にがんが入ってきてあたふたする話だというふうにしたかったんですね。
前田一美

 

前田:なかなかこういうことを出していくのは難しいですよね。だからこそ、読んでいる方としては、「よくぞ出してくれた!」というか。恥ずかしいことじゃないと思うんですよ、病気も失恋も。恥ずかしいことじゃなくて、普通のことだと思うんです。
 
だから人工乳房を使うことについても、ある女医さんに「スペシャルなことであってはいけない。」と言われて胸に響いたことがありました。「女性にとっては胸は必要で、毎日なければいけないものなのよ。」と言われて毎日使えるものを作りました。
 
こうやって松さんみたいに、自分の病気を素直に受け止めて、しかも誰のせいにもせず、自分の力で生きていくという姿勢に、とても感激しました。でも、そう生きられない人もいっぱいいますよね。
 
人工乳房をつくる中で、お客様の話を聞いていくと、「単に胸をつくりたい」ということではなく、「胸の中身までつくらなきゃいけないな」ということに気がついてきました。中身といういうのは「心」なんですが、胸の外側だけではなくて、心の中を分かってから胸ができるんだな、と思っています。

最初から理想を追いかけてきたのではなく、誠実に真摯に毎日を生きていく中で、自分の役割や今の自分らしさに辿り着いた。

イ:お二人のお話を聞いていると、お二人には共通項があるな、と感じました。
お二人ともそれぞれにされているお仕事がまったく違いますが、他者の気持ちを共感力を使って分かろうとしながら、他者の心をよく考えていらっしゃるところは共通していますよね。でも他者の気持ちを分かろうとするとき、ただ共感力が高いだけでは相手に寄り添い過ぎてしまったり、自分が倒れてしまったりすることもあるので、そうならないように自己理解も深くて、主観と客観をちゃんと行き来していらっしゃるところがとてもよく似ているなと思いました。
 
今、お二人がされているお仕事も、最初から夢を描いて、その理想に向けて上手くやってきたのではなくて、目の前の仕事に誠実に真摯に取り組んでいくそのプロセスの中で模索しながら、気づいたら今のところに辿り着いたという感じなのではないでしょうか?
 
松:昔は、「最初から上手くいく」と思ってしまっていた頃もありましたね。社会のこともまだちゃんと知らなくて、根拠のない自己肯定感が高い頃って、「無敵感」みたいなものがあるじゃないですか(笑)
今思えば、それは成長の過程で健康で幸せだった証明だと思うんです。思い上がりではなくて。

前田:たしかに。「自分ではできると思うし、やってみたい!」という…。だけれど、実際やってみたらできなかったというオチだったと思うんですけど。

松:できなかったというところでやめちゃう人もいるじゃないですか。その時に上手に言い訳しちゃったりして。「私には向いていなかった」とか、「実際やってみたけど、もっと他にもできそうな人がいたから…」とか。
そういう中でやっぱり、月並みだけれど「やり続ける」ということは真の“力”なんだと思うんですよね。それは本当にすごいことだと思います。

前田:私も2~3年でもしかしたらダメになるんじゃないかな?と思っていたんですけど、やっているうちにちゃんと「恩返し」みたいなものが返ってくるんです。
 
私は本当はあんまりメディアに出たり、人前で話したりするのは好きじゃないんですが、メディアの方から取材のオファーが来たり、「話して下さい」と言って頂いたりして。そういうのが自然に来るんですよね。頑張っているとちゃんと“お返し”が来るんです。
 
そんな中でも一番励みになるのが、お客様からの手紙とかメールです。「本当にこれを作ってくれて良かった」とか。
 
この間も出張していてずっと本社にいなかったんですが、その間に手紙が来ていて。商品の購入の御礼だけじゃなくて、上手く使えなかった方に「こうやって使うといいですよ。」とちょっとしたことをお伝えしたんですけど、その方にとってはとっても有益な情報だと思って頂けて「前田さん、ありがとう!上手く使えるようになった。」ってお手紙を頂けたりするんです。
そういう御礼の手紙は、持ち歩いているくらい大事なんですよね。それが励みで、なんとか今まで踏ん張ってきたというか。

一美&松さん


イ:すばらしいですね。松さんは今のこういうご自身の役割をどう感じていらっしゃるんでしょうか?今、ご自身が感じているモチベーションというのは、どういうところから来ているんですか?
 
松:社会に出てから、 「自分の強みはあったつもりだったけど、実は全然なかったわ」と思って壁に打ち当たったりすることもあるんです。当然みんな、大なり小なりあると思います。
 
「文章を書く」ということは、自分が目指した場所ではありませんでした。ですがきっかけがどうであれ、自分が書いたものをたくさんの方から「面白い」「書いてくれてありがとう」と労ってもらえたとき、目からうろこが落ちる感覚でした。今までの人生で、 努力を労われたり、ましてや感謝されたことがなかったんですね。
 
文章を書くということは私にとってまだ、生まれたての“芽”なんです。 出て来た機会の芽を、これから自分で時間をかけて大事に育ててみたいな、全力で しがみついてみようかな、と思い始めているところです。

前田:私もそうなんだと思います。「絶対私これやってやる!」みたいなものともちょっと違うんですよね。
今日、とても良いお話を聞かせて頂いた気がします。

松:人生が一生かけて何か見つける旅だとしたら、今ようやく見つかった一つ目なので。

前田:すごく分かる気がします。私も会社の一事業部として人工乳房の事業をさせて頂くようになってから、病院の先生に認めて頂いたり、メディアに取材して頂けるようになるまでにも何年も時間がかかりました。
 
この人工乳房を必要としてくれるお客様がいたから、ただ一生懸命やってきて。逆に言うと、始めた当初は下手に「乳がんの人のために頑張る」という気負いもあんまりなかったんです。それは後からついてきたんですね。
 
最初は自分たちの技術を何かに活かす、という技術者としての想いから作り始めたんですが、作り始めたらお客さんがこんなふうに喜んで下さる、泣いて下さる方もいる。人工乳房をつけて、「30年ぶりだね」と言ってくれる人もいる。そういうお客様と関わっていくなかでどんどん自分が変わっていったと思うんです。だから、今の松さんがおっしゃったこととたぶん同じだと思うんです。
 
松さんが本を書くことで今の松さんがあるのと同じで、たくさんの恩返しが返ってきたから、今こうして続けられて、この事業を本当にやりたいと思えると思うんです。
 
人工乳房の事業をやってきたことで最近では人工ボディを作ることも初めています。今、手や足や耳、鼻なども、技術を応用して、形成の先生とも相談しながらみんなで作っています。人工乳房をやってきたことで、また新しい夢が生まれてきたと思います。 

松さん

 
松:その感覚すごくよく分かります。
私もブログを書き始めた当初、 何か大きな目的が最初からあったわけではなくて、恋人と別れて急に暇になってしまったので、「暇がこわい」という焦りで書き始めたんですね(笑)
 
だから、治療中の現在進行形での記述ではなくて、治療開始から3年後に当時のメモを元にして振り返りながら、書き始めたものなんです。
 
私の中で、この3年で 自分に何が起きたのか整理したかった、という気持ちがありました。
文章を書きながら、当時をもう一回振り返って療養していくという心理療法の“認知療法”や“回想法”に近いものがあったんじゃないかなと思います。結果、文章を書いたことでいろんな気持ちをケースクローズし、昇華できたました。自分の中で書いて良かったと思っていたら、本にしませんか?というお話がでてきました。

でもその書籍化の話が進むのとは同時並行で、私の日常の生活は日常として進んでいきます。本も無事出版できていざ、就活しようと思うと、今度は「身体は本当に大丈夫?」とか「そんなに大きな病気して、普通にフルタイムで働ける?」とか聞かれたりし始めました。 今自分が感じているリアルと、一般的な人が思っているがんのイメージの解離のすごさに驚きました。
 
これは困ったなと思った時に、それなら健康な人しかできないと思われている仕事を、がん治療の後にやり、出来ましたよと履歴書に書けたら、それは一つの、健康証明になるだろうなと思ったので、若くて健康がやる職業のイメージが強かった客室乗務員になりました。

もっと乳がんを経験した後の女性たちの生き方を見せることができたら、今の女性たちの“力”になる。

前田:それは本当に、「希望の星」ですよね。私のお客様の中にもいっぱいいて。
メディアの取材を受ける時にも、乳がんを経験して輝いている女性がたくさんいるので、その方たちを取材してほしい、とお願いして。そういう方々を私は「希望の星」と呼んでいるんです。そういう方を見ると、すごく元気がでるんだと思うんです。

松:がんで闘病している姿だけではなくて、その後(治療後の生き方)を見せることの方が、今乳がんを経験している人たちにとってどれだけ励みになるか、と私も思います。
 
1冊目のときは、私は闘病記のつもりで書いたわけではないんですけど、医療系エッセイのコーナーに置かれていました。ですが、今回2冊目の本を出版した時、ある書店さんではサブカルチャーの棚に入れてもらえていたんですね。すごく嬉しくて、「ついに私もサブカル棚に!」と思って。
 
もっとライトな、恋バナと同じ感覚で、自分の体と健康について話して欲しいんです。
そのためにはもっと女性たちが一人ひとり、自分の身体に関心をもつことが大事だと思っています。

前田:私は、今20歳の子を乳がんにしてはいけないと思っていて、私が引退するころには「乳がんに罹患する人がいなくなっていてほしい」と思っているんです。
「今20歳の子を乳がんにしちゃいけないと思っている」と医師の先生からお話を伺ったときに私はぼろぼろ涙がでてきて。なぜか分からないですけど。

松:前田さんはすごいお気持ちで今のお仕事をされているんですね。
私は乳がんになった後が大事だと思っていて、なった後のマインドアップに繋がるものがもっと世の中に溢れていて欲しいと思うんですね。
 
私一人ではがんを撲滅するという理想には力が及びませんが、乳がんになった人が「どうしよう?」と思った時に辿り着く先のものの一つに私が書いた本がなってくれたら本望です。

前田:特別視されない風潮になっていくといいですよね。

松:きっとそうなっていくと思います。
 
 

 
■お話をお聞きした人:
松さや香さん

松さや香さん
PR・文筆業
 
1977年東京都生まれ。日台ハーフ。航空会社にて広告営業を経て、広告会社で情報誌の編集職に採用された29歳のとき、若年性乳がんを宣告される。計5年の治療後に台湾・フランスを遊学し、帰国後LCCで国際線客室乗務員を経験。現在PR業を軸に著述にいそしみ、趣味でもある旅を繰り返しながら東京で暮らす。2015年に結婚。著書に『彼女失格-恋してるだとかガンだとか-』(幻冬舎)。『女子と乳がん』(扶桑社)。

前田一美

前田一美

株式会社マエダモールド 人工ボディー事業部 事業部長
1973年長野県生まれ。小さい頃から体が弱かったため医療関係の仕事に興味を持ち、新薬開発の研究所で働いたのち、1997年に結婚。2001年にマエダモールド入社。常滑焼の石膏型を作る型づくりの職人技に惚れ込み、この技術を他の分野でも活かしたいと考え、2011年に人工ボディー事業部を設立した。お客様とのカウンセリングを最も大切にしており、一度話したらファンになる人も多い。
 
 

■インタビュアー:猪熊 真理子
 
OMOYA Inc. 代表取締役社長。「女性が豊かに自由に生きていくこと」をコンセプトに、講演やイベント、セミナーなどで女性支援の活動を行い、高校生から70代の女性まで延べ4千人を超える女性たちと出逢う。社会人女性の学びの場「女子未来大学」ファウンダー。多様な価値観の多様な幸せを女性たちが歩めるような未来を目指して女性のキャリアや心理的な支援活動などを行っている。著書に『「私らしさ」のつくりかた(猪熊真理子著・サンクチュアリ出版)』

Interview List

株式会社ライフサカスCEO 西部 沙緒里さん

株式会社ライフサカスCEO
西部 沙緒里さん

株式会社ライフサカスCEO
西部 沙緒里さん
松 さや香さん

「彼女失格: 恋してるだとか、ガンだとか」
「女子と乳がん」著者
松 さや香さん(前編)

「彼女失格: 恋してるだとか、ガンだとか」
「女子と乳がん」著者 松 さや香さん(前編)
松 さや香さん

「彼女失格: 恋してるだとか、ガンだとか」
「女子と乳がん」著者
松 さや香さん(後編)

「彼女失格: 恋してるだとか、ガンだとか」
「女子と乳がん」著者 松 さや香さん(後編)