インタビュー企画
自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに
今、リアルに思うこと(前編)
~文筆家・松さや香氏×マエダモールド・前田一美 特別対談~
このインタビューは、マエダモールドが大切にしている思い、
“自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに”をコンセプトに、
乳がんを経験された女性たちや、自分らしく生きられていないと感じている女性たちに向けて、前向きに自分らしい人生を歩めるための「きっかけ」の一つになりたいという思いで企画しました。
今回は、特別対談として、マエダモールドの前田一美が、
「彼女失格: 恋してるだとか、ガンだとか」「女子と乳がん」の著者である松さや香さんにお話を伺いました。
今回は前編をお届けします。
(※以下、松さや香さんを「松」、前田一美を「前田」、インタビュアーを「イ」と表記します)
自分の気持ちや「あるある!」という想いを代弁してくれたような、松さんの“共感”できる本が生まれるまで
前田:こんにちは。本日はお逢いできて本当に嬉しいです!ご著書を読んで、すっかり松さんのファンになってしまいました。
松:ありがとうございます。嬉しいです。本日はどうぞよろしくお願いします。
もともと本の存在は知っていたんですが、なかなか読む機会がなかったのですが、「彼女失格」は1日で読み切ってしまいました。
どうして1日で読めたかというと、 すごく「共感」をしたんですね。
私自身は乳がんを経験したわけではないのですが、乳がんで全摘した方のための人工乳房をつくる仕事をしています。
2010年から人工乳房をつくっていて、今までに300〜400人くらいの乳がんを経験した方と接してきているんですが、その中でいろいろと感じてきたことを、ちょっと言いにくいことも含めて、 まさに「この本に書かれている!」と思ったんです。
たぶん、乳がんを経験された方の気持ちに立つことはできない、絶対に立てるものでもないと思っているんですが、でも人工乳房をつくる作り手の職人としての私から見た時にも、いろんな違和感や、「女性にとって乳房とは?」ということを考えることがあります。リアルな実生活の中で、本にも書かれていますが 綺麗事じゃないことが多くて、皆さんそれでモヤモヤしているように感じています。
それを松さんが「がつん!」と言ってくださったような感じがして、なんというか“痛快”でした。
松:嬉しいです。ありがとうございます。
自分が若年性乳がんサポートコミュニティ Pink Ring Extendを始めて、色んな方とコミュニケーションを取るようになり、一個人として思うことや、医療の現場で掲げている理想と現実がなかなかマッチングしていないということを感じている女性たちも多いですよね。
前田:それは私も感じることがあります。
人工乳房の販売を始めた時も、「良いものを作れば喜んで頂ける」と思っていて、でも良いものを作ろうとすると値段が高くなってしまう。最初は「高くても良いものをつくろう」と思っていました。
それが、とある病院のお医者様からお叱りを頂いたんです。まず、松さんがおっしゃっていることと同じで、「乳がんで治療をしている方は、治療にこれだけかかっていて、それを分かって作っているの?」と。
それから私も乳がんの治療のことだったり、リアルな生活のことだったり、いろいろと勉強して、反省をして、色んな現状を知っていくことで、少し目が覚めたような気分になりました。
「良いものをつくろう」という、一ものづくりの職人としての私から、乳がんを経験している方の実際の生活を理解しようと思うようになりました。リアルな生活では、仕事しながら治療されている方もたくさんいらっしゃいますよね。
松さんの本を読みながら、「本当にこんなだったの?」と思って、尊敬の念と「すごいな」という思いと、「そうだな。そうだな。」という気持ちでいっぱいでした。
松: 本を2冊出版して、その2冊の共通する感想としてよく頂くのが、「不謹慎かもしれないけど面白かった」って言われます。
私は「全然、不謹慎じゃないですよ。」って言うんですけれど、恐らく皆さん「病気のことを笑ったりしたら不謹慎だ」という気持ちがどこかにあるんだと思うんですね。
誰かの不自由や立ち行かなさには、優しい気持ちで同情しなければいけないという、ちょっとした同調圧力みたいなものがあるのかな、と感じることが多くあります。
だからこそ、「病気を面白く書かれた本」を、「賛同している」とか言いにくい部分があるのかな?と。女性だったら「あるあるだなって感じました」と言葉を変えて言ってくれることもあるんですが、男性の方は特に「女子」や「乳がん」と書いてあるだけで、触れちゃいけない領域なんじゃないか、踏み込むことはタブーなんじゃないかと思ってしまうという声もよく聞きました。
だからこそ何かしら「面白さ」でその距離感を多少でも超えていければと、というのがこの2冊書いた時に外せないと思っていた軸です。
前田:松さんのご本を読んでいると、内容も面白いんですが、文章能力でさらにそれが引き立っていますよね。素直に「しびれるぜ」とか(笑)ああいう一言もすごく好きです。
私の周りにいる乳がんを経験した女性も松さんの本を読んでいて、ちょっと感想を聞いてみたんですが、「今までの本は先が怖くて読めなかった。でも、これはもはや闘病記ではないし、自分と同じ思いの人がいたんだと思えた。」と言っていたんです。
今、私は人工乳房を作っていますが、一番安いものでも20万くらいのものなので、買おうと思うと悩みますよね。同じ乳がんを経験された方でも、買える人と買えない人がいる。
ご自身のことだけでなく、お子さんがいらっしゃったら、大学にお金がかかるからどうしようとか、いろんな理由で本当は欲しいけど買えない方もいらっしゃる。
同じ病気を経験しても、皆さんそれぞれの環境や事情が違うと思うので、どなたかのお話を聞いて羨ましく感じたり、でも当事者だから分かり合えるところで共感できたり、そういう何とも言えないモヤモヤを抱えていらっしゃる方もいらっしゃると思います。
特に女性は「共感性」なので 「あるある!わかるわかる!」と言えている時は心地よいけれど、同じという“安定”から抜け出されると不安ということもあると思うんです。
前田:ちょっとした嫉妬心も生まれてきてしまうこともありますよね。そういうこともあると思うんですが、松さんの文章を全部読ませて頂いて、松さんの文章には傷つける文章が一言もないですよね。
出る杭は打たれると思うので、このように文章を書かれているといろんなことがあると思うのですが、本当に愛のある人だなと。
松:私は叩かれることは仕方ないと思っています。私が言いたいことや、私がやっていることはマイノリティ(少数派)だという自覚があるので。
例えば、元々会社員の編集者として働いていたので、一般的には大病をしたら当時いた大きな会社にいたまま相談しながら働き続けようと思われるかもしれないんですけど、逆に私は大きな病気をしたからこそ「時間を大切にしよう」と思うようになったので、働いていた会社を辞めて、遊学して戻ってきて、その後国際線の客室乗務員になって…と。私のやり方って、汎用性がそんなに高くないんです。
でも乳がんに罹患する女性は多いのに、その母数の大きさに対して本来あるべき多様な経験談が全然出ていないという現状があるので、あくまでも経験談の一つとして捉えてもらえたらなと。
前田:読んでいるとその気持ち、ものすごく伝わります。
松:乳がんに関して、私の友人でもすばらしい活動をしている人たちがたくさんいます。
分かりやすい形で想いを形にできる人がたくさんいる中で、私の場合は狭いところでそれを伝えていくというところを突き詰めたいと思っているんです。
どちらかというと、サイレントマジョリティでありたいというか、マイノリティとして生きていきたいんです。本流にいたくないというのがちょっとあって(笑)
前田:だからこそ、胸を打たれるのかな?と思うんです。乳がんを経験されている女性のモヤモヤというか心理的なものを書いてくれているという感覚があって。
たくさんの情報や価値観が溢れていて、モヤモヤしてしまう気持ちに翻弄されてしまう時には…
松:「がん」と一言で言っても、治療や症状はかなり多岐に渡っているし、あくまで指標としてステージで分けられていたり、治療も本当にたくさんある中で、「がんと一つにくくられても…」という当事者の人たちの気持ちってあると思うんですよね。
同じ一つにくくられても、見られない部分や見えない部分があったり、がん患者の輪の中に入ったことで見えてしまう差別化されている違いを、受け入れるまで時間がかかると思うんです。がんという事実を受け入れること自体に時間がかかる中で、 “話せる人がいる”ことがとても大切だと思うんです。
自分の心の拠り所や情報を求めてインターネットで探しても、世の中の情報は玉石混交になってしまってます。自分の置かれた現実を理解するのにすごく時間がかかる中で、かえって情報に翻弄されてしまうという現実がどうしてもあるので…。
前田:そうですよね。松さんが治療されていたころと、今でもだいぶ変わってきているかもしれませんよね。
松:2冊目の本にも書かせて頂いたんですが、わたしが告知を受けた10年前はインターネットに書き込む人が今ほど多くなかったです。
誰とも話すことができない時に、情報源になったのが私の場合はインターネットでしたが、インターネットの現状は10年前とは大きく違います。
だからこそ生身のコミュニケーションに回帰していくんじゃないかな、と思います。不安を感じたらネットで検索するのではなくて、病院の先生や看護師さんや、ピアサポートのスタッフさんだったりとか、一度プロフェッショナルに頼り切った方がいいと思っています。
前田:今そういうところが増えてきていますよね。「乳がん」に対しては日本でも意識が高いので、関わっている人も多くて、情報源は前よりはたくさんあるように思います。
松:そうですね。10年前の医療の現場のスタンダードと、今の治療がどう変わっているかを一患者の立場ではすべてを追いかけきれないと思うんです。
そう思うと、自分ががんのことを書けるのは、この本(「女子と乳がん」)までかな、と思っています。「がんを自分の人生の代表事例にしたくない。がんのことはもう過去のことにしたい」ので。
前田:それは、二冊目ですごく伝わってきましたね。松さんがもう、乳がんと共に生きているわけではない、というか。
松:ただ、私はこうしてお話させて頂く機会も多いので、求められた場所では「きちんと伝えていく」という役割を全うしたいと思ってます。ですが、私個人で考えたとき、現在の生活があります。仕事だったり、「今日の夕飯どうしよう?」ということが今では一番の悩みだったり。
みんなそうだと思うんです。生きているということは、“生活”を送っていることだから。
生活の中で、例えば「子どもが言うことを聞かない!」とか「旦那さんが全然理解してくれない」とか、「職場でこんな困ったことがある」とか、やっぱり生きていると何かしらの立ち行かなさを日々感じるじゃないですか。
そういう時間の中に身を置いていると、それほどがんに集中しなくて済んでいるという実感は以前からありました。
働くこと、社会との接点を持っていることで、“自分が生きている”と実感できる。
前田:松さんも治療されながら、仕事を続けられていたと思うのですが、治療しながらという状態で仕事を続けられているという強さはどこからきていたんですか?
当時の状況的にやらざるを得なかったけれども、結果論として本当に仕事を続けてよかったなと思うのは、やっぱりできる仕事が増えたし、それによってお金を得ることができた。そのお金で自分の身体をケアしてあげることができた、というのは 最終的にこれからも社会で生きていく強い自信に繋がりました。
私がずっと言っているのは、とにかく時短でも週3回でも、社会との接点を持ち続けた上で、「役割を持つこと」が大事、ということです。
前田:お医者さんもよくそう言われますよね。
松:私も告知された直後にお医者さんに言われたんです。「仕事を辞めるような病気じゃないから」って。
前田:もちろん職場の理解とか、具合が悪い時に対応して頂けるかというのはあると思うのですが、社会との接点を持っているということは大切なことですよね。
この間、テレビの番組でマエダモールドのことを特集として何番組か取り上げて頂いたのですが、その中で、テレビを見て下さって会いにきて下さるお客様がいて。
人工乳房があったことで、「これでお風呂に入れるようになった!」とか「ウエディングドレスが着られるようになった」という方も何名かいらっしゃったりして。喜んで下さる方がいるからこそ私は今の仕事を誠実にやりたいと思ってやっているですけれど。
いろんなお客様がいらっしゃる中で、人間は失ったものを取り戻さないといけないという本能みたいなものがあるんじゃないかと思うんです。そう思って松さんの本を読んでいると、つじつまが合ってくるように感じることがありました。
松:私、何かを取り戻そうとしていますか?私の気づいていなかった側面に気づいて頂いたような気持ちです。
前田:「社会に出ていることで自分が生きていると実感できる」とお客様に言われたことがあって。
松さんのがんばる力や、治したいという気持ちや、仕事をしたいというお気持ちは、現実問題は経済的な意味もあったと思うんですが、社会に出ることで「松さや香」さんという方が、生命としての生きるではなくて“社会の中で生きる”ことができるということを感じていらっしゃったんじゃないかな、と思いました。
■お話をお聞きした人:
松さや香さん
PR・文筆業
1977年東京都生まれ。日台ハーフ。航空会社にて広告営業を経て、広告会社で情報誌の編集職に採用された29歳のとき、若年性乳がんを宣告される。計5年の治療後に台湾・フランスを遊学し、帰国後LCCで国際線客室乗務員を経験。現在PR業を軸に著述にいそしみ、趣味でもある旅を繰り返しながら東京で暮らす。2015年に結婚。著書に『彼女失格-恋してるだとかガンだとか-』(幻冬舎)。『女子と乳がん』(扶桑社)。
前田一美
株式会社マエダモールド 人工ボディー事業部 事業部長
1973年長野県生まれ。小さい頃から体が弱かったため医療関係の仕事に興味を持ち、新薬開発の研究所で働いたのち、1997年に結婚。2001年にマエダモールド入社。常滑焼の石膏型を作る型づくりの職人技に惚れ込み、この技術を他の分野でも活かしたいと考え、2011年に人工ボディー事業部を設立した。お客様とのカウンセリングを最も大切にしており、一度話したらファンになる人も多い。
■インタビュアー:猪熊 真理子
OMOYA Inc. 代表取締役社長。「女性が豊かに自由に生きていくこと」をコンセプトに、講演やイベント、セミナーなどで女性支援の活動を行い、高校生から70代の女性まで延べ4千人を超える女性たちと出逢う。社会人女性の学びの場「女子未来大学」ファウンダー。多様な価値観の多様な幸せを女性たちが歩めるような未来を目指して女性のキャリアや心理的な支援活動などを行っている。著書に『「私らしさ」のつくりかた(猪熊真理子著・サンクチュアリ出版)』