インタビュー企画
自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに
このインタビューは、マエダモールドが大切にしている思い、
“自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに”をコンセプトに、
乳がんを経験された女性たちや、自分らしく生きられていないと感じている女性たちに向けて、前向きに自分らしい人生を歩めるための「きっかけ」の一つになりたいという思いで企画しました。
自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」というのはどういうところにあるのでしょうか。
今回は、(株)ライフサカス 代表取締役CEOの西部 沙緒里さんにお話を伺いました。
株式会社ライフサカスCEO
西部 沙緒里さん
イ:こんにちは。本日はお忙しい中、ありがとうございます。お子様は大丈夫でしたか?
西:大丈夫です。今日はパパと動物園に行っています(笑)
イ:素敵ですね。では、早速ですがインタビューの方、どうぞよろしくお願いします。
今回のインタビューのコンセプトは、“自分らしく毎日を歩むための「きっかけ」をあなたに”なのですが、まず読者の皆様に西部さんのことを知って頂くために、簡単に自己紹介をお願いできますか?
西:はい。西部 沙緒里と申します。
1977年群馬県生まれで、大学から東京に出てきて、13年弱、広告代理店に会社員として勤めていました。
会社員として大きな組織で仕事をしている中で、充実した日々を送りながらも「自分じゃないとできない仕事をやりきれていない」というふうに感じるようになったんですね。より自分らしく、自分を活かして誰かの役にも立てることをしたいなという思いが沸き上がってきたんです。
そこで、会社員として会社に勤めながら、社外でNPOや一般社団法人の活動をすることで、自分のライフワークにできるテーマを探るような会社員生活を送っていました。
そんな中、少しの異変を感じて、病気が見つかったのは2014年秋、36歳のときです。右胸に異物感を感じて、最初は「何かあるな。念のために病院に行っておこう」くらいの気持ちでした。
当初はもちろん、最初から乳がんだとは思っていなかったですし、念のためくらいの気持ちだったんです。
そこで細胞診をして、11月に乳がんだと確定診断を受けました。その後、病院を探して、会社にも話をして…という感じで。2015年に足掛け3回の手術をして、闘病を乗り越えてその後会社に復帰しました。2016年1月末に会社を退職して、同年9月23日に、(株)ライフサカスを立ち上げました。
イ:大変な思いや経験を経て、起業されたんですね。どうして今の会社、(株)ライフサカスを立ち上げようと思われたんですか?
西:会社員生活をしている時に、独立するとは実は想像したことさえなかったんです。会社員をしながら社外での活動もすることで、二足のわらじのバランスの良さも感じていましたし、自分の自己肯定感を満たされているような実感もあったんですよね。
イ:確かに“二足のわらじ”ならではの良さ、だからこそ社外で「本当にやりたいことができる」という側面もありますよね。
西:そうなんです。独立する勇気もなかったというか…。
それが、病気をしたことで自分の価値観が大きく変わりました。
「今やろうと思ったことは“今”やるべきだし、“いつか”と思っていると、その“いつか”が来る保証はない」と思うようになったんですよね。
それともう一つ、闘病の大きな山を越えたタイミングで、「子どもが欲しい」と思っていたので不妊治療のクリニックに行ったのですが、その病院で「あなたが今後妊娠出来る確率は10%くらいだ」と言われたんです。
それはものすごくショックでした…。
「こんなにつらいことはあるのか…」と思うくらいショックでしたし、当然のように“子どもは授かれるもの”だと思っていたので、「産めないかもしれない」現実を突きつけられた時の衝撃は、乳がんになった時以上だったかもしれません。その時は、頭が真っ白になりました。
きっかけというのは一つだけではなくて、そういったいくつかのきっかけがあったのですが、不妊治療も並行していく中で、自分だけでなく、同じような悩みを抱えている友人や周りの人達や、社会のためにもこの課題を解決することはできないか、と思い始めたんです。
イ:病気や治療をご自身が経験されたからこそ、沸き上がってきた想いがあったんですね。(株)ライフサカスとはどんなことをされている会社なのか、少し教えて頂けますか?
西:ライフサカスでは、「心から母になりたい人が母になれる社会をつくる」というビジョンを掲げています。事業としては3つの柱があります。
一つめは“UMU”というメディアを立ち上げて、“母になる”ためのいろんななり方やいろんな選択肢やバリエーションを伝えていくというメディア事業を行っています。
女性たちが母になるためには、かたや母にならない、なれないかもしれないという葛藤も含め、色々な悩みもあると思うのですが、悩みの中から、どんな選択をして、どんなアクションを踏み出したのか、ということをストーリーとして伝えているんです。
二つめは、年末から年明けに新しいスマートフォンアプリ“GoPRE”(http://lifecircus.jp/gopre/)をリリースする予定です。不妊治療をしている方に向けた通院記録や振り返りができるようなアプリです。治療工程が多くスケジュール管理も煩雑な不妊治療では、自前でいろんな情報を記録したり、まとめたりしている方が多いのですが、そんな皆さんの治療生活をストレスフリーに近づけ、毎日を応援する専用ツールにしていきたいと思っています。
三つめは、講演や研修の事業です。妊娠や不妊・病気療養と仕事の両立支援についてお伝えする講座や、不妊治療やがんなどの病気を抱えている部下を持つ上司となる人たちが、どうサポートやマネジメントをしていくかについて、シミュレーションで体験してもらいながらロールプレイングするような研修も行っています。
実は当社の共同創業者である黒田を始め、創業メンバーには私の他にもがんサバイバーや、不妊治療経験者がいます。不妊や病気の当事者/経験者が作った会社として、自らそういうリアルを色んな人に伝えていく使命がある、と感じているんです。
イ:リアルを色んな人に伝えていく使命、素敵ですね。どうして“ライフサカス”というお名前にしたんですか?
英語だと“Life Circus”、つまり「サーカス」とかけているんです。
不妊やがんというと腫れ物を触るように捉えられがちなテーマなのですが、 「そういうことも含めて人生の彩り。シビアで切実なトピックを扱うからこそ、サーカスのようにカラフルで楽しく、人の気持ちを明るくするようなアプローチでいこう」という思いを込めています。
「サーカス」という言葉の英語の語源は「サーキュレーション」、つまり「循環させる」という単語とも共通しているらしい、と聞いたことがあります。
つらいことや悲しいことに蓋をして、ブラックボックスにしてしまうのではなく、色んな方が関わっていくことでオープンな形にして、循環させていく、という意味にも繋がる気がして、気に入っているんです。
イ:改めてライフサカスの名前の由来をお聞きして、とっても素敵な言葉だな、西部さんらしいなと感じました。今回のインタビューのテーマでもある、「自分らしく」とはどんなことだと思いますか?
西:自分らしいという状態を言葉にするのは難しいのですが…。今は、「当たり前に生きている状態」が自分らしい、と感じています。会社を興した今、働くことと生きることは限りなくイコールだし、日常起こる全てやそこから湧き出る感情一つ一つに、生きている実感を自ずと感じる状態と言ったらいいんですかね。
そう違和感なく思えるようになったのは、辛かった苦しかった経験を含めて、対外的にもオープンに、隠さず話せるようになってきたこととも関係しているかもしれません。
病気や不妊など、私たちが扱っているテーマがとてもデリケートなゆえに、私自身がオープンな土壌の中で語って、その中で関わる人がどんな人生を選んでもYesと言い続けられる存在でありたい、とも思っているんです。
イ:病気や不妊治療などを経験された女性の中には、辛い経験を打ち明けることも含め、オープンマインド(心を開いていくこと)が怖かったり、どうしても不安になってしまう方も多いと思うのですが、西部さんご自身は、その不安にどう向き合っていったんでしょうか?
西:私自身も、一番最初は癌をわずらっていることすらも言えない時期がありました。たくさんの葛藤も不安もあったし、だけれど、一度極限のところまで葛藤ままならない、情けない自分を味わい尽くしたんだと思います。もうこれ以上にない、というところまで。
今も、葛藤はないかというとあり過ぎるほどあるんですが、その“葛藤を振り切れない”という状態も仕方ない、と受け入れて「生きる」ということなんだと思える感覚が、今はあります。
イ:自分の弱いところや不安も包容して「生きる」という感覚になったことで、「生きる」という概念のキャパシティが広がった、というイメージでしょうか?
西:そうですね。「生きる」ということ自体、上辺のポジティブシンキングだけでは乗り切れない、そもそも矛盾するものや理屈で片付かないものを包含しているのかもしれませんしれないですよね。葛藤がすっきりなくなったと思いきや、また次の瞬間に戻ってきたり…。その行ったり来たりを繰り返しているような気がします。
イ:「自分らしさ」を言葉にするのはとても難しいじゃないですか。「自分らしさ」ということも実は単純な分かりやすいものではなくて、いくつかの複数の要素から成り立っていて、複雑なものかもしれませんよね。
西:そうですね。複雑さがある、グレーゾーンがあるというのは思い当たるところがあります。
自身の経験から言えば、初めは、胸の手術をすると傷が残ってしまうことについても「傷のある自分」と「傷のない自分」を比較したり、不妊治療についても「産める自分」と「産めない自分」というのを比較してしまったり…。
その二つを天秤にかけて、一見望ましくない方の道を選ばざるを得ない自分を、自分で追い詰める材料にしてしまっていたんですよね。
でも、「私ってダメなのかもしれない」「私には価値がないのかもしれない…」と自己否定を繰り返して、その否定的な気持ちも感じきった“底辺”までいった時に、「本当にそうなのか?」「人生の価値って、1か0か、勝ちか負けかと、そんなに善悪二元論的に測れるものなのだろうか?」と、素直に思えた瞬間がありました。
イ:底辺まで悩みや不安や辛さを感じきったからこそ、生まれてきた思いがあったんですね。ネガティブな気持ちから矢印の角度が変わるような。
西:そうなんです。「そこまで自分というものは、誇れない存在なんだろうか?」と思えた時に、すごく「?」が浮かんだんです。
夫や家族や支えてくれる人たちがたくさんいたり、復帰を待ってくれている人たちがいたり…。
私のことをエンパワーメントしてくれる(勇気づけて支えてくれる)存在があるのに、私はこのままずっと、自分に起きた現実の出来事を否定し続けるんだろうか、と思ったら少しずつ考えが変わっていったんですよね。
出口が見えなかった真っ暗なトンネルから、遠くに光という「希望」が見え始めて、半年〜1年の時間をかけながらちょっとずつ自分を取り戻していったように思います。
イ:とても辛くて大変だったと思いますが、「自己否定」から「自己回復」に変わっていったんですね。
西:こうやって回復にむかっていくと、落ち込んでいる自分を“客観視”できるようになってきたんです。
落ち込んで、辛いという主観的な想いの中に巻き込まれてしまうのではなくて、少し冷静に自分を見られるようになっていきました。
イ: 客観的に自分を見られるようになっていくことも、前向きになっていくためには大切なことかもしれませんね。
少しお話が戻ってしまうのですが、先ほどの「自分らしさ」は複雑であるというお話の中で一つ思い出したことがあるんです。
インドで教育事業をやられている女性が、「生きること=複雑なもの」とお話されていたのを思い出しました。例えば「花が咲く」ためには、土の中にたくさんの微生物がいたり、太陽の光や水や風や虫や、いろんな要素が影響し合って花が咲くのだと。0か1かみたいな単純な構造では、「生きる」ということは成立しない、だからとても複雑な要素があって始めて「生きる」ことができるのだと教えてくれました。
西部さんの会社の「ライフサカス」という言葉に、「咲かす」という言葉が入っているのはとても意味深いですよね。人が生きていく中でも、嬉しいこと、楽しいこと、悩むこと、辛いこと、自分で受け入れたくないことなど、本当にたくさんの要素が複雑に混ざり合って「咲く」ことができると思います。
西:そう言って頂けるのは、とても嬉しいですね。ダイバーシティ、インクルーシブということが社会で言われますが、私たちが目指しているのは、「一人の中にある生きるという複雑性を、みんなが許容し、活かしあえる社会」だと思っているんです。
ですので、ライフサカスという名前からも、そう感じ取って頂けるのは嬉しいですね。
イ:あらためて西部さんが目指そうとされている社会や、今まで経験されてきた中でどんな思いが生まれてきたのか、どうして今の西部さんが在るのかを少し知れたような気がして嬉しいです。
そろそろ終わりに近づいてきましたが、自分らしく生きたいと願っている女性たちや読者の皆様に向けて、ぜひメッセージをお願いします。
西:個人的な感覚ですが、人生って、シームレスに(継ぎ目なく)一本で繋がっているように見えていて、そこを本当に拡大してみると、螺旋(らせん)階段のように、スパイラルにステージがあがっていくようなものだと思うんです。
ステージが上がるごとに、扉があって、扉をあけながら登っていくようなイメージです。
その新しい扉をあける、一つのきっかけとなり得る出来事は、逆説的ですが「これだけはどうしても起きて欲しくなかった」という、一見最悪に見えるようなことの気がするんです。そのときに扉がひらく。
私にとって、大きな扉を最初に開けたのが「乳がん」で、扉の向こうに背中をえいっと押したのが不妊治療だった。それが私にとってのライフシフトだったように思います。
綺麗な乳房のままで一生を終えられるなら終えたかったし、不妊治療なく妊娠できるなら自然妊娠がしたかった。綺麗事で片が付くものではないと思います。でも、この2つの出来事がなかったら、今生きている私の人生はないんです。
このきっかけというものが、万人に病気や治療という形で訪れるものではないと思いますし、人により事の大小、タイミングも様々なのでしょうが、今になって振り返ってみると、私にとってはこの二つの出来事が、自分の人生を前に進めてくれる“水先案内”になってくれました。
私自身は、この2つの経験から会社が生まれ、子どもも生まれ、自分らしく生きていけるようにもなりました。だから、病気や治療についても、少なくとも「最低最悪で消したい」というような自己否定をする必要はないと今は思っています。
今では、私の人生を豊かにしてくれる“彩り”になった、と思ってるんです。
イ:自分の人生を豊かにしてくれた“彩り”と思えること、とても素敵ですね。西部さんからは、しなやかながらも、生きていく上での「強さ」をとても感じるのですが、その強さはどこからくるんですか?
西:ありがとうございます。先ほども話しましたが、私にとって、勇気を出して病気であったことや治療をしていたことについて開示をしたことは、一つのきっかけになったと思います。
皆さんに「オープンになっていくこと」を伝えていくためには、自分自身がまず自己開示しなきゃと思ったんです。周りにオープンにしたことで、腹をくくり、自分の人生を前に進める覚悟のようなものができたように思います。
病気をしたり、治療をしたりしていると、どうしても内向きに隠す方向に向きがちだと思うのですが、最初は自分が本当に信じられる人(身近な人から)開示していくのでいいと思うんです。
最初は試すような気持ちでも「この人なら受け入れてくれるかな?」と思いながら話してみて、意外に受け入れてくれると、その成功体験から、体外的に言えるように少しずつなっていきました。結果、その方が自分自身が楽になれる、ということも学びましたね。
イ:周りにオープン(自己開示)していくことで、「自分らしくなっていく」という側面もありますよね。
がむしゃらに何かをやっているときは、自然と自分らしくなっていたりしますよね。
ここまでお話をしてきて、私自身も本当にたくさんの葛藤や苦悩があったことを思い返します。病気になってよかった、不妊治療してよかった、とは一生思えないと思いますが、それでも、心から「やりたい」と思うテーマに巡り合うことができたのは、その全ての葛藤を経験できたおかげだと、今では思っています。
■お話をお聞きした人:
西部 沙緒里さん
(株)ライフサカス 代表取締役CEO。大手広告会社でぬくぬくとサラリーマン生活を送るも、2014 年、大病をわずらったのを機に突如、不妊を宣告される。そこから、「産める?産めない?」で苦しむ女性を取り巻く、日本社会の不条理でサポートレスな現実を知る。当事者の立場から不妊女性のデータと生声を集め、新しい妊活の道筋をつくるべく、2016年9月に創業。一児の母。
・(株)ライフサカス http://lifecircus.jp/
・不妊、産む、産まないに向き合うすべての女性たちへ。未来をともに育むメディア「UMU 」http://umumedia.jp/
■インタビュアー:猪熊 真理子
OMOYA Inc. 代表取締役社長。「女性が豊かに自由に生きていくこと」をコンセプトに、講演やイベント、セミナーなどで女性支援の活動を行い、高校生から70代の女性まで延べ4千人を超える女性たちと出逢う。社会人女性の学びの場「女子未来大学」ファウンダー。多様な価値観の多様な幸せを女性たちが歩めるような未来を目指して女性のキャリアや心理的な支援活動などを行っている。著書に『「私らしさ」のつくりかた(猪熊真理子著・サンクチュアリ出版)』